2026年3月20日金曜日

児童精神科 そう だいこう: 呼称

児童精神科 そう だいこう: 呼称:  社会で生きていると、人に合わせる習慣が身に着く。そうでないと社会ではやっていけないからだ。「過剰適応」という言葉があるが、生きていたら当たり前にそうなる。それでいいんだと思う。その人は「過剰適応」のおかげで生きている部分もあるはずだ。  世の中は何かと人に呼称を付けたがる。でも...

2026年3月14日土曜日

帰国支援計画 - その後: カゴの扉を開ける

帰国支援計画 - その後: カゴの扉を開ける:  家庭医(オーストラリアではGPと呼ばれている)という仕事は、とにかく人に会う。事の大小はあれど、誰も健康に問題を抱えた人たちだ。GPのカバー範囲はとても広く、小さな怪我から一刻を争う心血管系の障害まで、言ってみれば次の患者さんがどんな訴えで入ってくるのかまったくわからない。妊娠...

2026年3月7日土曜日

児童精神科 そう だいこう: 人への支援

児童精神科 そう だいこう: 人への支援: 3月の日経新聞の私の履歴書は元厚生労働次官の村木厚子さんだ。その中でこんなことを述べておられた。  世の中には「いい人」「悪い人」がいるのではない。周囲に十分な支援がなく、生きづらさを抱えていることで道をそれてしまうこともある。  この一文を見たとき、覚せい剤などの薬物依存症のこ...

2026年2月28日土曜日

児童精神科 そう だいこう: 人の成熟度

児童精神科 そう だいこう: 人の成熟度:  どんな苦しい状況でも感謝している人がいる。どんなに楽な状況でも不満を感じる人がいる。人の成熟度は、ありがたいと感じられるかどうかで決まる気がする。

2026年2月21日土曜日

児童精神科 そう だいこう: 「くよくよ」の時間を減らす

児童精神科 そう だいこう: 「くよくよ」の時間を減らす:  僕は起こってもいないことをくよくよ考える癖がある。長年そんなことをしてきたので、実際どれくらいの時間を「くよくよ」に使っているのか考えてみた。数秒のものから数十分のものまで、しかも断続的にあるので、合計するとおそらく1日で1時間から2時間くらいは使っている感がある。  人生とい...

2026年2月13日金曜日

児童精神科 そう だいこう: 人との関係は、どれほど情の交流を重ねたかで決まる

児童精神科 そう だいこう: 人との関係は、どれほど情の交流を重ねたかで決まる: 人間関係には、一度きりの出会い、知人、 友達、先輩、後輩、恋人、夫婦、祖父母、孫、親子。その関係にはそれぞれの「意味づけ」があるだろう。だからと言って、必ずしもその人が大切なわけではない。会った回数ではない、血のつながりではない。もっと大切なことがある。それは、どれほど情の交流を...

2026年2月7日土曜日

児童精神科 そう だいこう: やっぱり、ストーリーのない人なんていない

児童精神科 そう だいこう: やっぱり、ストーリーのない人なんていない:  有名スポーツ選手の成功物語がテレビで放映されていた。昔からずっと変わらない。その人が成功を掴むまでにどれほどの努力をし、汗と涙を流したのか、というおなじみのストーリーだ。これに共感しない人はほとんどいない。  同じようなストーリーを見過ぎたせいかもしれない。すごい結果を残さない...